言葉と文化

 日本語を話している時と、英語を話している時、自分の性格が異なるのを感じます。 英語を話しているときは、(大して上手に話せるわけではありませんが)とてもポズィティブで明るい気持ちになり、社交的になります。 日本語を話しているときは、礼儀正しく謙虚で、勤勉な性格になります。 

 私の尊敬している友人に文化研究をされている方がいらっしゃいますが、言葉=文化だそうです。

彼女が教えてくれました。仏教的受け身サイドからくる発想とキリスト教的能動的サイドからくる発想とでは根本的に表現の仕方が変わるそうです。単純なところでは、日本人は謝罪の文化、恥の文化であるけれど、西洋は感謝、神との対話による罪の文化だそうです。
お待たせして申し訳ありません。というところを英語では
thank you for waiting.といいますよね。
しかし日本語では[お待たせして申し訳ございません。]という表現の方がしっくりきます。
 私は彼女の話を聞き、頭をめぐらせました。宗教、政治、経済、色々なことが絡み合って言葉が生まれると思うと本当に面白いと思います。 年功序列制、上下関係を重んじるという日本の慣習、敬語・謙譲語・丁寧語がこれほどまでに発達したという日本の背景も日本語表現の基盤を作っているように思います。 こう考えてみると、多言語への日本語表現の直訳は難しいと思いますし、それ故話す言語によって自分の性格が変わるのは自然かなとも思います。
 しかし、言葉は生きています。 時代によって文化が築かれていくように言葉も変化してきて当然です。 
単語レベルではなく、表現の仕方ということだけに絞って考えてみます。 先日デパートでこんな風景をみました。お客さんが店員さんの包装の仕方をもっと丁寧にしてほしいと不機嫌に言っていたのですが、店員さんは[ご指摘いただき、勉強になります。以後このようなことの内容注意いたします。感謝いたします。]というような応対をされていました。 お客様も、注意してあげてよかったというような満更でもない満足な様子でした。 以前はクレームを受けた店員さんは[申し訳ございません。]の一辺倒だったような気がするのですが。 上下関係が今よりも重んじられていた時代は[申し訳ございません]ということで、立場の上下を明確にする必要があったのかもしれません。しかし今は[ありがとう]という感謝の表現が受け入れられるように変わってきたということは、これから日本語の表現も変わっていくのかもしれないと思えてきました。 いずれ、[Thank you for waiting.]が[お待たせして申し訳ございません。]ではなく、[お待ちいただいて有難うございます。]の方がしっくりいくようになっていくのでしょうか。それも素敵かなとも思う一方、日本語の持つ表現の深さや美しさはずっと保たれて欲しいとも願っております。
高村睦子
 

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